実は、昔の子供の頃に起こった、家の建て直しの際に起こった、猫の苦労話の中に、深い歴史を左右する大切な内容が含まれていたことに、まことはようやく気づかされていた。今から振り返って、猫の為に「何をしてあげればよかったのか?」という課題が見えてきたのだった。
あの時のまことは、猫に対して、まだ未熟な飼い主の立場を演じていた。猫の縄張り争いの習性も、まだ知らないで、何も考えなしで、うっかりと、抱いて連れてきたミケを、裏庭で毛づくろいをしていた仮暮らしの家の飼い猫の傍にポンと下ろして「仲良くしてね」と近づけたことが、未熟な幼い主人の最大の過ちだったということに今頃になって、ようやく気がつき始めた。
本来、そう簡単に仲良くしてくれる筈もないのに、まことは甘い考えで(すぐ受け入れてくれるだろう)とタカを食って、軽はずみなことをやってしまったのだ。そのことでまことはこの猫に、とてつもない暗闇の世界に引きづりこんでしまう「悪魔の暗闇の主人」を演じてしまっていた。
本来、家に着く習性の猫には、逃げないように大事に抱いたまま、まず新しい、仮住まいの家の中に連れて行ってあげて、しばらく慣れるまで見守ってあげるべきであった。新しい仮住まいの部屋の臭いをクンクンとかいで、安心して落ち着くまで、飼い主が一緒にいてあげ、ここが猫の新しい安住の家であることを教えてあげるべきだった。
そして、その空間が「飼い主と共に、しばらくの間、猫と暮らす為に与えられた2階の新しい部屋だ」ということを、教えてあげることが必要だった。最初、仮住まいの家には、既に元々の飼い猫がいるのを見たときに、飼い主ならば「ハッ!」といち早く気がつき、激しい縄張り争いのケンカにならないように、三毛猫どうしの緊張の鉢合わせしないように気遣ってあげるべきだった。
階段を上がって右側の8帖ほどの広めの部屋を与えられたことを把握したならば、その2階の窓を開けてあげて、瓦の屋根づたいに外に自由に出入りできることを教えてあげるべきであった。
仮暮らしの家に前から飼われていた家猫と鉢合わせにならないように、避けて通れる道もちゃんと考えてあげ、また高い処から落ちて怪我をしないよう地面に下りる猫専用の安全な道をちゃんと作ってあげるべきだった。
お腹がすいたら、そこを通って上がり、2階の窓からいつでも出入りできる猫専用の出入り自由な入口を工夫して作ってあげるぐらいの、思いやりが必要であった。
あの時、もし祖母ゼンが猫を抱いて連れて来ていたなら、飼い猫の姿を見た瞬間に、「あ!、いかん…」と、多分、年の功で、咄嗟に猫の習性を考えて、元の家猫には気づかれないように、静かにそっと隠すように、部屋まで抱いて上がってから、「さて、どうすればいいか?」方法をゆっくりと考えて、色々と策を練って必死に猫の今後の生活を守ろうとした筈だっただろう。
今、私自身が祖母ゼンのその当時の年代に入っている。今頃になってようやく(どうすべきであったか悟っている)なんて、何と愚かな飼い主であろうか?、本当に幼く、未熟な情けない主人だったと、ミケに対して心が痛み、「心から謝らないといけなかった」と、後悔の念が湧き出して仕方が無い。
幼き主人と飼い猫とで、演じた昔のエピソード。突然に襲った災難。冬の寒空の下で、2ヶ月の間、暗闇と寒さと飢えに耐え、まともな食事にもありつけず、バッタなどを捕まえて、荒れ野を彷徨い、安住の地を求めて彷徨い歩いたミケ。
ガリガリに痩せ細って、力尽きて命のともし火が消え果てそうな、飢え死に寸前のぎりぎりで、ようやく元の主人のいる家まで戻って来たミケの暗闇の苦しみ。奥底の悲しみは、まことの人生にとって、一体、何を意味しているのだろうか?。
最近見たドキュメントの番組に、「奥底の悲しみ」という放送を見たとき、この猫の苦しみと悲しみと同じ、日本人の辿ってきた悲劇の宿命を悟った。
幼い主人とは天皇の位置を、彷徨う猫とは、西欧列強の植民地化を防ぐ為に大陸に渡って行った、何十万人という数多くの海外へ派遣された日本民族であった。
特に、大東亜共栄圏という日本の防波堤としての役割を持つ満蒙開拓団の人々がいた。地上の楽園を夢見て新天地を切り開くという幻想を抱いて、進出してきたのに、戦況が思わしくなくなると、築きあげた財産も家も捨てて帰国せざるを得なくなった。
引き上げの命がけの脱出劇。ソ連が突然、日ソ不可侵条約を一方的に破棄して参戦し、満州を襲撃してきた。囚人達を集めて出来たソ連の軍隊は、凶暴で「女を出せ!」と銃を撃って女性を求めてきた。
北朝鮮や満州からの引揚げの婦女子、現地で暴行を受けた結果、体に異常を来たした婦人達が数多くいた。それを「特殊婦人」と名づけた。月ごとに記録、暴行を受けた婦人の相談。妊娠や性病、5% 500人以上が妊娠、又は性病を患っていた。
これが戦争に負けるという事だと知った。マダムダワイ(女を出せ)と言って収容所に入ってくるロスケ(ソ連兵の軍隊)。■引揚者の記憶の奥底の悲しみ■の内容である。
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